梓「My Symphonia」【けいおん二次創作】


 耳の奥を揺さぶる、むったんの重低音。指に馴染んだ弦を弾いて、私は『音』を奏でる。

 一つだけじゃダメだ。周りがリズムを作り、そこに様々な音が組み合わさって、調和したものが『音楽』となる。

 ……でも、違う。私の求めていた音楽とは、何かが。

 唯先輩たちの卒業後、部長となった私の許に、新入部員がやって来た。今や私――中野梓は『わかばガールズ』の皆を取りまとめる存在だ。

 そんな大役が私なんかに務まるのか。正直に言うと、その不安は今でも消えていない。形の掴めない、漠然とした放課後ティータイムの音楽性を追いかけていた私は、メンバーの気持ちを察することが出来なくて。失敗、してしまったからだ。ただの独りよがり、だったのかもしれない。

 ……もちろん、逃避もあったけど。それでも私は、願わずにはいられない。今の日々が嫌だとか、そんな気はしない。でも、私は――。

 もう一度、放課後ティータイムに戻りたい。何かやり残したことがあるような――そんなモヤモヤとした気持ちが、いつも胸を締め付けている。

 演奏の終わった部室。オレンジ色の世界で、ぎこちない笑顔を皆に向けながら、私は考えていた。


                   ♪♪



 家に帰って、ご飯とシャワーを済ませたあと。自室にこもって、安心できるむったんの感触を抱きすくめる。

 ボン、ボン、と気持ちが向くままにギターを弾いてみたり。

「はあ……。何やってるんだろ、私」

 部屋の電気を消して、毛布に包まる。このモヤモヤとした気持ちも、電気のオンオフのように、ボタン一つで切り替えられたら楽なのに。

 詮無いことを考えながら、私はぎゅっと目を閉じた。瞼の暗闇を切り裂くように、明るく浮かび上がってくる先輩たちの姿。耳に蘇る笑い声。拙くて、でも想いのこもった演奏。

 もう一度、あの頃に……。

 いつものように、叶うはずのない願いを抱いてしまう私。

 ほんと、馬鹿……。

 …………、

 ……。

 だから、なのか。あり得ない声を聞いてしまう。

「あーずにゃんっ!」

 懐かしくて、柔らかな感触。気付けば、ぎゅぅぅっと抱きすくめられていた。

「へっ、ええっ」

 甘い匂いが、鼻腔をくすぐる。お菓子みたいな、フワフワする香り。どこかで嗅いだことのあるような……いや、これは唯先輩の。

「ええええぇっ!?」

「んー? どぉしたの?」

 目の前。癖のある茶髪が、さらりと揺れる。その下に、まん丸の大きな瞳。

 ……見間違えじゃない。唯先輩が、そこにいた。どころか――、

「いきなり唯が抱き付くから、怖がってるんじゃないのか?」

「いつものことじゃ~ん」

「うふふ」

 低くてかっこいい声色の、澪先輩。能天気な笑顔を浮かべる、律先輩。柔和な雰囲気を身にまとう、ムギ先輩まで。

 夕日の差し込む部室に、かつてのメンバーが集結していた。

「どうして皆さん、ここに? というか、にゃんで……なんで放課後?」

「何言ってるの~、あずにゃん。あ、もしかしてそういう遊び?」

「い、いえ……」

「記憶喪失ごっことか?」

「違いますから、ちょっと混乱しただけです」

 慌てて言い繕い、いつの間にか着替えていた制服から、携帯を取り出す。かぱっと開けて、今の『時間』を確かめて……やっぱり、と声が漏れてしまった。

 時間が、戻ってる。一年ぶん、ちょうど唯先輩たちが三年生に進級した頃だ。

 どうして? 今までの日々は、夢だったの?

「ねえ、梓ちゃん」

 混乱している私に、穏やかな声が投げられる。ムギ先輩の、柔らかなトーン。頭の中に巣くっていた困惑が、すぅっと薄れていく。

「最近テストもあったし、疲れてるんだよね。お茶に、しましょう?」

 そう言って、人数分のティーカップとケーキを用意する。相変わらずの手慣れた所作。唯先輩と律先輩の目が「ケーキ!」と輝いた。

「さ、梓ちゃんも座って? あの澪ちゃんですら、もう座ってるんだから」

「は、はい……」

 すでに着席している二人に、やや遅れながらも座っている澪先輩を見やると、恥ずかしげに目を逸らされた。ケーキ、食べたかったんですね。

「では、いただきます……」

 ティーカップを手に取り、温かな湯気の燻るそれを、口元まで運んだ。唇をつけて、恐る恐る中の紅茶を啜り……、

「美味しい、です……っ」

 口に出した声が、潤みを帯びていた。止めようもなく、涙でテーブルを濡らしてしまう。

「あずにゃん、そんなに美味しかったの!? まさかムギちゃん、これって超高級品!?」

「マジで! 言われてみれば……」

「いや、いつもと変わらないような気が……」

 騒ぎ立てる先輩たちを眺めながら、今度はケーキを一口。甘くて、懐かしい味だ。涙の粒が、またこぼれてしまう。

「う、うぇぇぇ……」

「あずにゃん号泣!?」

 ダメだ、止まらない。こんなの、ずるいよ……っ。濡れた顔を手で覆って、私はしばらくの間、子供みたいに泣きじゃくっていた。


                   ♪♪



 あまりにも紅茶とケーキが美味しかったから、という苦し紛れの言い訳で、なんとかその場を乗り切った。

 そして、先輩たちとのセッション。もう生み出せないと諦めた『音楽』が、以前よりも眩い輝きを放って、放課後の部室を彩る。

 涙が滲む気配は、不思議となかった。感動よりも、込み上げてくる楽しさの方が勝っていたから。

 身体でリズムをとりながら、一心不乱にギターをかき鳴らす。心地いい音色が、先輩たちの生み出す音と混ざって……ああ、放課後ティータイムに戻れたんだ、という実感が増す。夢のような数分間。私は悔いのないよう、今まで培ってきた技巧の全てを、能う限りむったんにぶつけた。

「~♪、~♪」

 唯先輩の声、可愛いな。

 律先輩の力強いドラム、がつんと胸に響いてくる。

 澪先輩のベースは、安定感が抜群だ。

 ムギ先輩の軽やかな指遣いは、とっても流麗なメロディーを届けてくれる。

 ……この幸せな時間が、ずっと続けばいいのに。心からそう思うけど、もうすぐ終わってしまう。潮が引くように、奏でる音が少なくなって。他の楽器が沈黙していく中、ギー太の静かな余韻が沁み込んでいき、セッションの終わりを告げる。

「楽しかった、です」

 ふぅ、と息を吐く。なぜか……誰も口を開かない。その代わり、驚いたような視線が私に集まっていた。

「あずにゃん、すごく巧かったよ!」

「梓、いつの間に……こんな」

 ムギ先輩がぱちぱちと柏手を打つ中、唯先輩と澪先輩が称賛してくれる。律先輩は、呆けた顔で固まっていた。

 つい全力で演奏してしまったけど、そうか、昔と今じゃ技量に差があって当然だ。私は誤魔化すように愛想笑いし、「たまたまですよ」と言った。

 そして、後の何曲かはレベルを下げて演奏し、その言葉を裏付けた。澪先輩だけは、不思議そうに首を捻っていたけど。大丈夫、バレてない。

「……やっぱり、セッションって楽しいですね!」

 この夢の時間が、いつ終わってしまうのか。それだけが気懸りだったけど、予想していた最後は訪れることがなくて。

 下校時間になると、私は先輩たちと他愛ない言葉を交わして、家に戻った。

                 
  
                   ♪♪



 一日、二日、何十日という時間が過ぎて。一カ月も経ってしまうと、今の生活が現実ではないかと思ってしまう。

 でも、それで良いのかもしれない。だって、楽しいから。

 先輩たちとの、温かな時間。……だけど、気になることが一つだけ。

 どの出来事も、会話も。全て、記憶にあるのだった。

 やっぱり、この日常は過去の繰り返しで。ということは、いつか終わりの日が訪れてしまう。

 ……まだ、大丈夫だよね?



                   ♪♪




 先輩たちとのティータイム、楽器のセッション、合宿に学校行事……エトセトラ。どの出来事もあっという間に過ぎて、卒業が近づいてくると、さすがに焦りを覚えていた。

 このままじゃ、あの時と同じ。まったりとした日常に身を置きながら、胸のモヤモヤは日に日に増すばかり。

 どうしよう。私は一体、何をしにここへ来たのだろう?

「どうしたの? あずにゃん」

 放課後。いつものように部室へ向かうと、そこには唯先輩がいた。辺りを見回すけど、他の皆さんは見当たらない。

「何か、暗い顔してるよ?」

「そう、ですか? 気のせいですよ」

「へえ……」

 なぜか、ニヤニヤした笑みを浮かべる。じりじりと、摺り足でにじり寄って来た。

「な、何ですか」

「あーずにゃん!」

 がばっと抱き付かれた。柔らかな感触、唯先輩の落ち着く匂い。不安に波打っていた心が、そっと凪いでいくのを感じた。

「……悩みでもあるの?」

「……えっ、と」

 優しい声色に、全てを打ち明けたくなる。

 でも、きっと信じてもらえないし。

 それに、嫌な予感があった。もし誰かにバレてしまったら、この幻のような時間が終わってしまうのではないか、と。

 だから私は、かねてからの悩みを――困らせてしまうと分かっていながらも――この優しい先輩に打ち明けたのだ。

「卒業して、一人になるのが寂しい……か。先輩としては嬉しい悩みだね♪」

「もう、唯先輩……」

「ごめんごめん。でも、ホントの気持ちだよ。そう思ってくれるのは嬉しいし、それに……私だって、悲しいよ。あずにゃんと、放課後に集まれないんだもん」

「そう、ですね……」

「でも、大丈夫だよ。会おうと思えば、いつだって会えるし!」

 ……そんなの、嘘です。大学だって忙しいですし、先輩には先輩の、私には私の日常があります。異なる二つの日々が、そう簡単に交われるはずがないんです。

 口に出さないけど、私は、胸の内で強くそう思った。

「納得、できない?」

 どうやら、顔に出ていたらしい。唯先輩に看破されるとは……。

「確かに、私の言ったことは、現実的じゃないかも」

 唯先輩の口からまともな言葉が出てきたので、私は面食らってしまう。先輩は、抱きしめる力を強めて続ける。

「あずにゃんの言いたいこと、分かるよ。『この放課後』じゃないと、意味がないよね」

「あ……」

「うん。だって私たち、放課後ティータイムだもんね」

「……そう、ですね……っ」

「よしよし、あずにゃん」

 猫を愛でるように、頭を撫でられてしまう。

 私は涙を滲ませて、されるがままになっていた。

「あずにゃんが考えている通り、こんな時間はもう来ないのかもしれない。でもそれは、仕方のないことなんだよ。どうしようもなくて、私にも解決できない問題……」

 だからね、と唯先輩は言った。

「今を、精一杯楽しもうよ。見方を変えるんだよ、あずにゃん」

「見方を……?」

「そう。後悔しないように、今しかないこの時間を、楽しむの」

「……楽しむ」

「うん、こんな風に」

 唯先輩は私の胸元にすりすりと頬を擦り始めた。

「ヤメテクダサイ」

「ああん、いけずぅ」

 ぐいっと押し返す。……もう、この先輩は。

「でも、有難うございます。悩みは解決しなかったけど、見方を変えるというのは、盲点でした」

「えへへ~、それは良かった」

 照れくさそうに頭を掻いて、唯先輩が笑った。つられて、私も笑顔に染まってしまう。いくら時間が経っても、この人には敵わないな。

 唯先輩の、どこか気の抜けた笑顔を眺めていると。心に背負っていたものが、ストンと落ちてしまうんです。

 身軽になった私は、放課後の時間、手を抜かないでむったんをかき鳴らした。

 皆さんの驚いた顔が、面白かったです。



                    ♪♪




 ――残された時間で、私に何が出来るのか。

「……そうだ。私は唯先輩たちに、自分の気持ちを伝えていない」

 やっと気づけた。

 先輩たちからは、両手で抱えきれないほどの想いを貰ったのに。私は直接、先輩たちに何もあげていない。それが心残りとなって、私を過去に縛りつけていた――。

 となれば、どうやって気持ちを伝えよう? ……なんて、そんなの考えるまでもない。

 私は、放課後ティータイムの一員だ。それなら、音楽しかない。

「作曲か……」

 そういえば、試したことがなかった。ベッドに寝転がりながら、うんうんと考える。

「先に、歌詞から考えようかな」

 そして、先輩たちに想いを届けるべく、私の奮闘が始まったのだけど――。





「難しいなあ……」

 自分の気持ちを、余すところなく書き綴ってみた。これを、歌詞にしなくちゃいけない。

「輝かしいライブ、先輩たちに出会った……ううん、ありきたりすぎる」

 もっと、何かないものか。澪先輩は、すごいな……。

「少し、気分転換しよ」

 机から離れて、ベランダに出る。身を切るような冷気が、剥き出しの肌をなぶっていく。

「うぅ、寒い」

 寒風に凍えながらも、欄干に手を付いて、灯りの灯る街並みを見下ろした。

「輝かしいライブ、天使に出会った……って、これじゃパクリだ」

 街の全景から目を離して、夜空を見上げた。視界に映るのは、星の見えない薄闇で。

 寒いばかりで何も参考にならない。そそくさ部屋に戻ろうとして、きらりと。目線の先に流れる星を捉える。その瞬間、私は天啓を得た。

「これだ!」

 急いで机に戻り、言葉を付け加える。

 眩く、私を照ら出してくれる星々。そうであったら良いなと、思う。

 けれど先輩たちは、きっと流れ星だ。一瞬――刹那の間にも満たないかもしれない。それでも私を照らして、導いてくれる存在。

「唯先輩……みんな……ありがとう」

 歌詞が思いつくと、メロディーはすんなり浮かんできた。

 ……私の想いが、伝わると信じて。長年の相棒である、むったんを手に取った。



                    ♪♪




「あんまりうまくないですね! でも私、もっともっと聴きたいです。アンコール!」

 卒業式の日。先輩たちのアンコールを聴き届けてから、私は胸に秘めていた想いと共に、こう切り出した。

「私も、先輩たちに聴いてほしい歌があるんです」

「え、あずにゃんも!?」

「はいっ!」

 驚く唯先輩に、私は満面の笑みで答える。他の先輩たちも、呆気に取られているようだ。

「皆さんには、色々と言いたいことがあるんです。だけど、言葉にしたら、とてもじゃないけど、言い切れないから。だから、この一曲に全てを込めます!」

 ……もう、後悔はしないよ。楽しかった日々に、さよならをするんだ。

「聴いてください。――My Symphonia」

 ギターを奏でながら、私は、唯先輩たちとの日々を思い返す。

 秘めていた想いを、静かに紡ぐ――。



『ひとりの道には いつも音符が寄り添ってた



真っ直ぐの行方 何があるんだろう?



リズムを刻む胸の内 楽譜に色をこぼしたあなた』



『桜色の日 いくつもの流れ星を見たよ 



紅茶の香りに誘われて ちょっと寄り道もいいかな



他愛無い会話 笑顔が溢れるね



いつまでも続くと思ってた日々 奏でるユニゾン 十六ビートで過ぎていく



少しは大人になれたかな 同じステージに立てたかな



そこはもう みんなの道 



光の先へ 導かれるように 私も一歩を踏み出すよ



ありがとう 星の欠片 胸に……』

 

 全部、出し切った――。緊張で、声も震えて。上手な演奏ではなかったかもしれない。けれど想いは伝わったようで、先輩たちは皆、涙を流していた。

 ……もう、後悔はありません。これから私は、前を向こうと思います。




                    ♪♪



「……ん」

 目が覚めた。

 そっか、と理解する。今までのはぜんぶ夢で……と、起き抜けの頭で考えていたことを、まとめて吹き飛ぶような着信音が鳴り響く。

 あれ、この歌って……。

「唯、先輩?」

『おはよう、あずにゃん』

「どうしたんですか、こんな朝早くから」

『休日だったから、ついね。迷惑だった?』

「いえ……。それで、要件は何ですか?」

『んー、っとね。久しぶりに遊ばない? 放課後ティータイムの皆で!』

「えっ……」

 こうして連絡を取ることは、何度かあった。けれど、実際に集まるのは久しぶりだ。私は信じられない気持ちで確認した。

「でも、忙しくないんですか?」

『うん、大丈夫。テストも終わったし、バイトも休みだから』

「そう、ですか……」

 唯先輩と、会える。皆で集まって、それで……。

「唯先輩」

『ん、なに?』

 話したいことは、沢山ある。わかばガールズについてや、高校での生活。先輩たちの近状についても訊きたい。

 でも、それよりも前に――。



「聴いてほしい、歌があるんです」



おわり
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